梅の実の魔法

2020年7月10日(金) 部屋に飾った、おさがりのひまわりは、よく日焼けした男の子の肌みたいな色をしている。

このあいだやってきた畳屋のお母さん、体調もわるいし、全然外も出たくないねん、とすっかり元気がなかった。花を買っているあいだに、急いで台所に向かう。これよかったら、と梅のジュースが入ったコップを差し出すと、途端に、きゃぁー、と明るい元気な声が聴こえた。あー、おいしい、うん、おいしいで、って。

あの子が来ても、この子が来ても、梅のジュースを出す。ソーダで割って、しゅわしゅわと泡立つ、すずしげなコップ。一瞬のうちに、どんな人もさわやかな気持ちにしてくれる、梅の実は、魔法のようだと思う。魔法使いには、案外簡単になれるのかもしれない。

近所の70代のお父さんが、はじめてクッキーを買ってくれた。たまには、お母ちゃんのお菓子を買おうか、なんて言って。7年目にしてはじめて。ちゃんと口に合ったのだろうか。ちょっとだけ不安。でもその何倍もうれしい。

ある朝、旦那さんが店を開けていると、自転車にのったお隣の電器屋のお母さんが声をかけた。なかむら(近くのスーパー)で揚げる前のトンカツが2枚350円やで、わたし何もかも放り出して今、行ってきてん。これ、奥さんにも教えてあげなと思って。奥さんに今すぐ走り、って言うたあげて、って。旦那さんが、聞いたまま伝えてくれて、大笑いした。なんて楽しい朝。

7月のしめった部屋にニールヤングが流れている。橙色の灯り。読みかけの文庫本。食器棚の上に飾った写真。古い木の柱時計。青いベロニカの花。それらを軽快に、ときにゆったりとなでていく。それで、そのどれもがやわらかに見えてくるから彼の声は不思議。

7月のはじまり、仕事が終わってから急いで友人の店へと向かう。姉の誕生日プレゼントを探しに。春のころ、夕ぐれどき、旦那さんと散歩をしていると、久しぶりのお客さんにたまたま出会った。絵描きの先生だ。どうしていますか? と話していたら、全然外出てないの、わたしたちみたいに年をとっていたら、もうなってしまったら絶対あかんやろ? でも運動不足になるから、思い切って、今日は外に出たんよって。こういうとき、ふたりとひとりでは全然違うのよ、って、とても心細そうな声で話していた。姉はひとり暮らしだ。きっとものすごくがんばったに違いない、今もがんばっているに違いないから、とっておきのものを贈ろうと決めていた。友人のつくる、とっておきのものを。

それから、友人と、最近のあれやこれや、何でもない話をした。うちに帰って、夜ごはんを食べながら、今日もいい一日でしたね、と旦那さんが言った。